林 充美歌集『樹雨のパラソル』-歌と歩く365日ーより
3月11日
ただ一度旅せし北の国の海、のどかなりけりカモメ遊ばせ
3月12日
たぶんおまへのゐること忘れ逃げるだらう いざその時の「いざ」が来たれば
林 充美
2019年(平成30年)の一年間を綴った歌集である。
テンポが良く、作者の様々な表情や思いが感じられ、ページをめくるのが楽しい。
いや、どきっとすることもある。一日一日を追いながら、いろいろな感情が交錯する。
一首目、2019年3月11日。作者は7年前の3月11日のことを思いだしたという。インフルエンザに罹患されていた。「一瞬先は闇」を病床で体験したのだ。
二首目は2019年3月12日。地震の備えとしておかれたヘルメットも、いざというときには忘れられてしまうかもしれない。人間は忘れやすく、そして、この先に何があるのかは全くわからない。それなりの準備をしていたことさえも忘れてしまう。
そういうことを思いながらも、作者は毎日、呼吸をするように歌を詠み、時にそれを振り返り、また詠みながら歩くのだろう。
先の見えない今だからこそ、呼吸を整えて、慌てず、いつもと同じように歩くことが必要なのかもしれない。
(ただし、人に迷惑をかけないためのマスクと、手洗いを忘れないように。)