三枝昂之歌集『遅速あり』より
壮大な歌集だった。人生が凝縮されているように思われた。大歌人や俳人をテーマに詠まれたものもあった。未曾有の災害や歴史的な出来事に関わる歌もあった。よって、いつものように、歌集の評は書きません。数首選んで、わたくしごと関連を書きます。
遠き世の湖水伝説国原を冬のひかりがあまねく包む
翳りなきあかるさとして素枯れたる一樹一樹も甲斐のみほとけ
(湖水伝説)
作者の故郷である山梨が多く詠まれていた。
書名の『遅速あり』は飯田龍太句集『遅速』を意識したものであるようだが、山梨のご母堂を詠まれた一連に現れる。
草木に人の暮らしに遅速ありて春の光の彼岸に近づく
(遅速あり)
甲斐は山深いところで、作者の心には常にその山々があるようだ。
私は今は町中に住んでいるが、母方の親戚は福井に居る。
岐阜との県境に近く、岐阜との間でいまだに所有権を争っているという池がある。
泉鏡花の作品で有名になった「夜叉が池」だ。
かつて祖父から手渡された地域史をまとめた冊子に「夜叉が池」で雨ごいをした話や蛇女伝説などが載っていた。亡き祖父から、うちの先祖も雨ごいに関わったと聞いていたことから、「夜叉が池」は私の故郷の池だ!と思っている。
訪ねたこともないのに、パソコンの画像の中で、山奥の木々に囲まれてしーんとしている池が、自分のルーツを示す象徴のように感じた。ついでに平家の落人伝説もあって、それらは、戦時中、福井の親戚の世話になっていた母の心の糧になっていたようだ。「祖先は平家の村に近いところにいたよ。平家の姫が、云々」などと語るときは、まるで自分が姫様のように嬉しそうだった。
山梨(甲斐の国)の 遠き世の湖水伝説 とは、どのような伝説なのだろう。とても気になる。冬の光のように透明な輝きを放っているのだろうか。
(遅速あり)
旧村での親戚づきあいが少し苦手なので、福井を訪れることはない私だが、胸の中には夜叉が池があって、ときおり水面を眺めている。何代も前の人々が見た光景が、DNAに組み込まれてるのかもしれない。
これは、故郷は遠きにありて・・・の心境に近い?でしょうか。
いろいろあって語りつくせないが、一番好きな歌は・・・
七草に六つ足りないなずな粥仮のこの世に二人して食む
(なずな粥)
仮のこの世のなんて素敵なこと💛